*ほんとにすごくちょっとだけアレなシーンがなくもないです















































私は見えないように眉を顰めた。この男、アーサー・カークランドは時々思い出したように嫌味を言ってくるのだ。つい今しがたその嫌味をまた賜って、私はすこしまたいやな想いをすることになった。不思議と嫌味を言われて腹をたてたことはなかった。それはこの男が上手に嫌味を言うからだろうか。とにかく嫌悪感も覚えたことがない。
私はさっとハンドルを切った。私はこの人の付人、とでもいうのだろうか。そのようなことをしている。それも生まれたときからだ。私は彼の家ではよくある孤児というやつで、スラムをぼろ布を纏って這いずり回り、ごみ箱から少しの食べ物を漁り、猫を残飯を取り合い、たまに金持ちやイライラした青年に八つ当たりまがりの暴力を受け、そしてまたごくたまに哀れみを頂いたりして生きていた。それはとても地獄だった。只でさえどこへ行っても敵ばかりのこの国で、もっとも過酷な境遇に居のだから当たり前だろう。そんな中、この人が私を拾った。拾ったというよりは雇ったというべきなのだろうか。とりあえず救ったというにはあまりに語弊がありすぎた。私はこの人のために何でもすると誓わせられたし、実際多大な感謝をしていた。あの人の家に連れて行かれて、風呂に入れられ服ももらったし食べ物も与えられた。もらった服は仕事用のばかりで飾り気も流行っ気もなく、食べ物は質素なバターロールと残り物のスープと有り合わせだったけれどそのときの私には夢にまで見たものだった。私は家の中に「居る」ということ、考えてみもしなかった自分の部屋を与えられたこと、家の中というものがあたたかったこと、シーツの手触り、初めて触れる清潔な食べものにいたく感動し、ひどくこの男に感謝した。ふわふわのあたたかいベッドで目を閉じ、綺麗なぴかぴかしたものに囲まれ、自分も綺麗になって幸せに包まれて眠った。与えられたものは多すぎた。なぜ、とかは何も考えなかった。
朝起きると、おいしそうな食べ物の匂いがした。紅茶とオートミールが私のために用意してあった。私は夢中で、今まで見ることしかなかったスプーンを使って掻っ込んだ。すぐに行儀が悪すぎると簡単な最低限のテーブルマナーを教えられた。私にはまだスプーンで掬うという動作が難しかったけれど、従うと決めたので何度零しながらも必死に掬った。それからは学ぶことが沢山あった。洗濯の仕方、料理の仕方、掃除の仕方。全て私には縁のないことで、彼は度々とてもあきれたような顔をしながらも、辛抱強く教えてくれた。私は無我夢中でやったせいか覚えがとてもよかったらしい。主人は満足そうな顔で私を見ていたし、私もしっかり期待に沿えていると思うと顔が綻んだ。ご褒美にかわいい服をもらった。ぬいぐるみももらった。靴ももらったし、普通の女の子がほしがるようなものは一通り与えられた。私は幸福だった。この人のためなら何でもしようと思った。




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あれは私が十五、六の頃だったろうか。私も年頃だった。あの人は疲れていたのだろうか、帰ってくるなり手袋も外さずかっちりした軍服のボタンを外すこともなく椅子にぐったりともたれていた。どうしたのですか、そう答えても彼は返事をすることもなく私を一瞥した。紅茶、もってきましょうか。いらねぇ。じゃあお着替え用意しましょうか。・・・。私はそれを肯定と受け取った。私は元からこの人の下着とかそんなものに恥じらいを覚えるようなまともな生まれじゃなかったので何でも平気でやった。もって来ました、そう言ってテーブルにできるだけ風のおきないようにして置いてもあの人は今度は顔を伏せたまま何も言わなかった。ほんとうに、どうしたんですかと近づいたところで、手首を掴まれた。急なことだったので頭が回らず真っ白になっていた。その後はどうなったのかよくわからない。恐怖の連続だった気がする。初めて見るあの人の男の人の顔への恐怖。初めて体を触られることへの恐怖。初めて覚える感覚への恐怖。初めて知る自分への恐怖。
次の朝起きると彼はいなかった。だるく痛む体を引きずって行くと出来立てのまだ暖かい朝食が、きちんと私のいつも座るテーブルに並べてあった。久しく彼が朝ごはんを作ることがなかったため私は少し変な感覚に陥りながらも、お世辞にも美味しいとは言い難い彼の手料理を食べた。なんだかそのあたたかさがごめんなさいと訴えているようだったけれど私にはあまりよくその意味が理解できなかった。何をされたかも教えられてもいないことなので解らなかったし、私には聞く人も居なかった。居たとしても聞かなかっただろう。そんな雰囲気が、あの行為にはあった。その日から一ヶ月程彼はできるだけ私と顔をあわせないようなスケジュールを組んでいるようだった。その方が私も気が楽ではあったが、寂しくもあった。その間に、わたしはいけないことかもしれないとは思いながらも大きな書庫へ行って沢山の本を読んだ。その中にあったものから、私がされたことも、その意味も、普通の人がどんなときにするのかということも少しはわかった。けれどいかんせんそれは後からのつけたしの知識だったので私には思い出して恥ずかしいとかはそんなになかった。只、私には普通の人が抱くような感情を、あの人に抱かれているのかもという淡い期待だけが残された。
それから大体一ヶ月程経って、さすがにあの人も私を避け続ける生活に疲れたのか生活リズムが大分戻された。元から忙しい人だったのだからあまり変わらなかったといえば変わらなかった。あの人はその頃普及し始めた自家用車の運転とやらを、わざわざ講師を雇って私に習わせた。私は家事の他に車の運転もするようになってから、主人と居る時間が増えた。居る時間と喋る回数は特に比例することはなかった。ただ時々私のミスやちょっとした仕草に少しだけ嫌味を言うようになった。嫌味には最初面食らったが、最近はもう慣れてしまった。それほど嫌じゃなかったのは、たぶん時々感じるあの彼の私を愛おしむような視線を感じたからだろう。思い上がりかもしれないけど、この人は私のことがすきで、そんな私にあんなことをしてしまったことを酷く後悔していて、二度とそんなことを繰り返さないために、少しでもわたしのことを嫌おうと――少なくとも好きという感情を押さえ込もうとして、こうして嫌味を言ってくるのだ。そう思った。そう思うと何でも耐えられたし、愛しささえ覚えた。私はべつにあのことはそんなにいやじゃなかった、と言って楽にさせてあげなきゃいけないような気がしたが、なんとなく言わなかった。なんとなく、その傷がわたしたちを繋いでいるように思えたから。私から言ってはならないことのような気がしたから。回想、終了。











逆さ傘に






たまる雨





(08.10.19)