*明治設定!
なんだか妙に暖かくて太陽のような光を持つものが、私の家の近くに立つようになった。街灯、というらしい。これがいっぱい付いていることによって、フランシスさんのところは夜でも私のような婦女子が出歩いたりできるらしい。確かに明るい。だけど私たちの町には不釣合いでなんだか可笑しかった。場違いだ。そうおもいつつじっと光を眺めていると、視界の隅で前方に居る菊さんが立ち止まるのが確認できた。
「ここです」
菊さんが示しているところは、まったく大きくて立派な建物で、中から漏れる光と装飾のせいで、街灯とは比べものにならないくらい明るくて眩しかった。外見も豪華絢爛そのもので、うわぁ、としか言えなかった。上さま方が住んで居られるようなお城以外にこんなに立派な建物があるだなんて考えもしなかった。しかも、まだアーサーさんやフランシスさんのところの国ではこれ以上のものがたくさんあると聞く。今まで菊さんの作ったものばかりに触れてきた私には、それはなんだか不思議で本当に別世界のものだった。こんなに夜も光に溢れているところがあるのだ。
「まずはドレスに着替えて下さい。ダンスはその後係の者が教えに来る筈です」心なしか菊さんの声はかたく、緊張しているようだった。私はそれだけに安心して後について建物内に入ると、そこにはたくさんの街灯のように光を放つ、でも街灯よりもきらきら光ってきれいなものが沢山天井から下がっていた。しゃんでりあ、というらしい。大きな扉を入ると真ん前に大きな階段が聳えていて、その階段は真っ赤な恐ろしく長い布が敷かれていた。
「あの、靴は」
「そのままで大丈夫です」
菊さんは前を向いたままで答えた。なんだか聞いてはいけなかったことを聞いてしまったような気がして申し訳なくなった。菊さんもここが完全してから入るのは初めてだという。緊張でピリピリしているんだろうな、と思ったけれど私は口を真一文字に結んだまま動かさなかった。
「言いたくありませんが、今日はアーサーさんやフランシスさんに私の今の姿を見せるためのものです。・・・お願いします」
私はちいさくはい、と返事をした。なんだか菊さんじゃないみたいだ。つまり私に粗相をするなということだろう。私は菊さんのためになることならなんでもしたいと思っているし、バテレンについての特別な嫌悪感も持っていなかった。もちろんお役にたてて嬉しいけれどなんだかこれは違うような気がした。私はなにか菊さんの欲しがっている言葉をしっているような気がしたけれど、なぜだかよくわからなくて、そして言ってはいけないような気がして口を少し開けてからまた閉じた。そうしている間にも、最初から四、五歩開けていた距離が開いていく。私は慌てて追い掛けたあと、係の外人さんについて化粧室に消えた。
しばらくするとようやっと部屋から出してもらえた。けれどこるせっとというバテレンの下着がとても窮屈で堪らなかった。
「さん、」
「菊さん!」
菊さんは黒のスーツ、を着てシルクハットとかいう妙に長くて大きな帽子をかぶり、右手にはそれで叩かれたり突かれたりしたら痛そうな杖を持っていた。そのような格好は、町ゆく外人さんが一人二人していたような気がするけど、やっぱり菊さんがするとまた違うようなものがある。なんだか似合わない、そう思って吹き出すと菊さんは照れたように微笑んだ。
「似合いませんか」
「ふふ、私は着物のほうが好きです」
「さんは綺麗ですよ」
「!・・・ありがとうございます、でもこれきつすぎてあまり保ちませんよ、苦しいです」
そう言うと、菊さんは心配そうな顔をした。それから小さな声ですみませんと言ったあと、でも我慢して下さいとも言った。私はすっかりいつもの菊さんに安心してにっこりしてしまった。
「もうすぐダンスですよ」
「!」
私は途端に口をつぐんでしまった。菊さんの言ったとおり、私は化粧や厳しい着付けをされた後に踊りの練習をさせられた。簡単で、一番メジャーな踊りを西洋の、髪がきんいろにきらきら光っているおんなのひとに習ったのだけれど、その、
「あの、こ、腰に手を当てたり、とか、」
・・・バテレンの踊りは、手を繋いだり密着したり、外を歩くときに何歩か後ろを歩くような、男女が近づくときなんてよ、夜くらいしかないような私達日本人にはとても恥ずかしいものだったのだ。菊さんも矢張りそのことについては羞恥心を持っていたようで、少し頬を染めて、戸惑ったような、少し怒ったような緊張した顔をすると、「我慢してください」と言った。それはもちろん菊さんに触られることは、う、嬉しいし人がしているダンスを観ているときれいだなぁとも思う。けれど自分がするとなると話はべつだ。菊さんのお顔が近くにきて、手をとられて腰に手をあてられるだなんて想像するだけでも私の顔からは火が吹き出そうだった。
「あの、菊さんは、平気、なんですか」
ちらりと上目見ると菊さんは更に顔を赤くして、なんだか心外だというときのような顔をした。きっと私以上に恥ずかしいとおもっていて、でもやらなきゃとおもっているのだとおもう。最近の菊さんは忙しそうだけど、なんだかちょっと楽しそうで、わたわたしてたり関心してたりしててとてもおもしろい。
菊さんにこうするのだと言われて手をひかれて行くと、ホールと音楽が近づいてきた。ダンスが、はじまる。
文明開化
(見ていなさいのし上がるから)
(08.11.20)(中途半端で終わるのがすきすぎてすみません^q^)