ええ、私が昔愛した女性の話ですか。私あまりそのような話は苦手なのですが。・・・そうですね、どうしてもといわれるのなら、やはりあの人の話をするべきでしょうか。
いえあの女性は私がアメリカさんと戦争を始めた時代に生きておられた方です。ええあの時代はそうですね、皆いろいろなことに怯えながら過ごしていました。とても苦しくてね、食べ物なんてありませんでしたよ。働き口さえろくに見つからないのですから当然といえば当然ですけどね。そんな中で私達は出会ったんですよ。私の一方的な一目ぼれでしたけどね。あの人は懸命に生きるために働いていらしたのですが、それの姿があまりに健気で凛として、美しかったのを覚えています。パン屋の手伝いなんて大した給料ももらえないのに、ね。その姿から男性にはもてるし町や村の人からの評判はいいしで貰い手なんて幾らでもあったでしょうに、あの方は弟がいるんだって愛しそうに笑いながら、汗水垂らして朝から晩まで働いていましたよ。働いた分だけ自分にかえってくるものもなかろうに。
私は幸いそのときはまだ余裕がありましたから、一緒に食事でもどうですかと誘ったんです。当然断られましたよ。そんなお金も時間もありませんすみません、ってね。やけにきっぱり言うくせにちゃんと私への気遣いは忘れないんです。そういうところもかわいいなぁ、って思えてね。ふふ。それでも私は珍しく食い下がりましてね、私がご馳走させていただきますからって言っても正直心惹かれて惹かれて惹かれていただろうに無理の一点張りで押し通したくせに、一緒に居たいんですってぽろっと言ってしまったら私達二人とも一気に真っ赤になってしまいました。恥ずかしかったですよ、普段こんなこと言いませんので、慣れていませんでしたから。それから少し沈黙が続きましたが、お互い恥ずかしくて焦っていて気まずさを感じるどころじゃありませんでした。私も若かったですね、ええ。さんはしばらくしてようやっとあの、じゃあ、よろしくおねがいしますって小さな声で言われて。信じられなくて嬉しくて、なんだかよろしくおねがいしますってプロポーズの返事みたいじゃないですか。いっそプロポーズしておけばよかったなぁなんて馬鹿なことも考えましたよ。はは、本当に若い。それで私達は手を繋いでレストランへと行きました。彼女は当時精一杯のおしゃれをして。淡い色のワンピースでした。私、そのときどぎまぎしてちらりとしか見れませんでしたけどね、とても美しくてきれいでかわいかった。だからちらりと見ただけで姿が焼きついたんです。今でも鮮明に覚えていますよ。お見せできないのが残念です。できたとしてもしないかもしれませんが。ああ、それで私たちはその頃まだ食べなれていなかった洋食レストレンへと行ったんです。お恥ずかしながら私はそのときの記憶があまりないんですよ。情けなくもとても恥ずかしくてね、俯いてばかりいた気がします。それでも幸せだったんですよ。静かなクラシックを聴きながら何か幸せな話題を喋った気がします。ええ、幸せでした。
その日からしばらく経ってね、戦争が始まりました。さんは戸惑っていましたよ。戦争が始まったとか言っても実際私達にそのときは影響ありませんでしたから。でも段々、段々激しさを増していくにつれて敵国のものなんか食べられるかってね、それでパン屋もつぶされてしまいました。必然的にあの人は職を失ってしまいました。急に苦しかった生活が更に苦しくなったわけですから、もう食べるものもなかったようです。私も段々余裕がなくなってきて、忙しくなりました。どうにか助けてやりたいと頑張ってもみたんですがね。どうにもなりませんでした。しばらくは水とその上に浮かぶ米とを食べて生活しておられたんですが食べ物や衣服が配給制になって少しはましになったようでした。私は時々お米を持っていったんですが女は男と違って芋やかぼちゃは好物なんです、お気持ちだけありがたく受け取っておきますって突っ返されてしまいましてね。このようなとき、私はこの人を愛しくおもってしまうのですよ、どうしようもないですね。あとは懸命にお互い働いてばかりでしたが、とうとう空襲が起こったその二日目に、建物の下敷きになって焼かれて死んでしまわれました。私の目の前で。






(08.12.26)