その日は気温が高くて熱い日だった。カーテンを締め切り、誰もが寝静まったような夜に蝋燭を一つ置いて、俺は仕事、は一人遊びをしていた。蝋燭は不自然なまでにこの部屋を明るく照らしていた。はビー球を指の間で品定めをするようにゆっくり見つめて、光に透かしたりくるくるまわしたりしていた。たまに目を遣ると不思議そうな、子供のような顔をしていたので俺はばれないように笑った。
「うん」は何かを決意したように言うと、よくとおる声できっぱりと言った。「あたしが死んだら、トーリスにあたしの目をあげよう」「は、」
まるで今日の夕食を発表でもするかのように、平然と言ってのけたので俺は目を見開いた。は満足そうににこにこして、うんうんと自分の決定を賞賛するように頷いていた。
「いや、いらない、けど」
「ええなんで?たぶん綺麗だって多分」
俺が否定するだなんて思ってもみなかった、というような顔つきだ。どうせの思考回路や脳内なんか俺には推し量ることすらできないけどたまに無神経さに腹が立ってしまう。それも大概が自分に対して無神経で、それに俺が勝手に腹を立てるだけなんだけれど。
「・・・だって保存方とかわからないし、」
「ああそれなら簡単だよホルマリンに漬けちゃえばいいんだよ多分。ほんと多分だけど」
俺は口を噤んだ。確かには俺に比べたら本当に近い未来に死んでしまうだろう。それはなにか大事が無い限り誰の目にも明らかだし俺だって内心それについては確信を持っている。ほんとうに嫌なことに。いまさら自分は死ぬとか言うな、とか言う程幼い仲でもないしは純粋な厚意で言ったんだろうけど、それにしては無神経過ぎるんじゃないだろうか。残された者の痛み、とか恥ずかしいこと言えないけど、俺はたまにそのことが付き纏って怖くて、考えるたびに恐怖で潰れそうになるというのに。
「きっと、ずっと一緒に居られるような気がするんだよ」はそう言って笑った。
あれから暫くして、はあっけなく、ほんとうにころっと逝った。あまりにあっけなかったが現実味が無かったわけでもないし涙が出てこなかったわけでもない。横たわって真っ白になって、ぴくりとも動かない彼女を見たとたんに俺は恥も外聞も無く泣き出してぎゅっとの手を握って長いこと泣いた。何が悲しいとかの思い出とか、そんなのを考えることもなく、ただ頭が真っ白なまま泣いた。苦しかった。ふと、ぴたりと嗚咽を止めてを見ると、あまりにも安らかな、食べ物の夢を見ているときのような表情をしていたので、きっとこの子は幸福だったのだと思ったら少し救われて、また泣いた。
葬儀の規模はそんなに大きくもなく、小さくもないというかんじの無難な規模だった。葬儀に来た人たちはみんな俺のことを気の毒そうな表情で見て、あまり多くは語らなかった。気を遣ってくれたのだろう。の棺桶と、掘られていく墓穴を見ていてももう涙は出なかった。土をかけられていくを見て、頬に涙がつたうのを感じた。これからは名前を呼ばれることもない。
全てが終わっても俺はずっと立ち尽くしていた。ゆっくりと、人が消えるようにいなくなっていった。誰も居なくなって、暗くなっていく空の中、俺はの眼のことを突然思い出した。あのときはあんなにいらないと思ったのに、今ではなんだか受け取らないといけないような気がして、俺は必死で土を掻き分けた。
あまり深いところには埋まっていなくて、すぐに頑丈そうな、上質の板に指を削った。当たり前だけど少し掘り出したくらいじゃ到底蓋を開けることなんかできなくて今度は声を上げて泣いた。ああ、こんなにも君が好きなのに。
(09.06.16)(リクなのに殺してすみませ・・・!)