頬杖をついてる頬が痛かった。私の頬は柔らかすぎてあまり抵抗もなく頬骨に当たってしまうからだ。それでも私はそうしていないとなんだかかっこうがつかないので、我慢して頬杖をついて、目の前の先生の長い睫毛を眺めていた。
「せんせ、」
なーに、と、先生はいつもの如く、誰にでもするように、甘く返事を返した。下を向いたまま。
「・・・べつになにも」
ないけど。もう私の方を向かせるのは今年の夏に諦めた。先生は滑らかに、素早く丸付けをしながら色素の薄い細い髪を揺らしている。先生が私を見てくれない理由は忙しさではなかった。断固として、その最中だけは私のほうを見ないのだ。
「先生」
また、先生は鬱陶しがりもせずに、なーに、と言った。手は止まらないし顔も上げない。それは先生が私に作っている防壁に違いなかった。
「先生、ほんとに彼女いないの?」
「あはは、ほしいなー」
先生はそう言って笑った。やはり顔は上がらない。私はごくり、と唾を飲み込んだ。
「先生、
あたしの方、みて」
先生の手が止まった。私はいつのまにか頬杖をつくのをやめていて、膝の上の手を握り締めた。
防壁を崩そうとした私に、先生はどんなふうな態度をとるのだろうか。拒絶だろうか。私は怖くて怖くて堪らなかったけど、私にも後がなかったのだ。私には卒業という崖がどんどん後ろから迫ってきていて、先生は少なくとももうしばらくはこの学校という箱の中だ。夏までは気づかなかったから、茶化しながらこっちむいてよ、なんて怒ることもできた。気づいてしまったその日から、私はその一言が怖くて怖くて口に出せなかったのだった。
「・・・どうしたの?」
先生は、手をとめてからゆっくりと顔を上げた。先生の水晶玉みたいな透き通った目が、私の視線を捕らえる。
入れ替わるように私は握り締めた手をじっと見つめた。
「先生、気づいてるでしょ」
手からぶわっと汗が滲み出る感覚のせいで手が熱かった。切ったばかりの爪は私の手には喰いこまなかった。先生は爪の綺麗な女が好きそうだからと思って、いつも手入れしているあたしのつめ。私も先生も、しばらくお互いに口を開かなかった。
「・・・うん」
ああ、この人は、と思った。薄っぺらい否定という嘘だってつけた筈なのに。わたしはふっと笑った。笑ったけれど、とても泣きそうで喉がチリチリしていたのできっと歪んだ顔をしていただろう。嘘つかないでくれてありがとう。やっぱり先生のこと、わたし、大好きだなぁと思った。
「私のこと、好きじゃない?」
顔を上げると、先生は困ったような顔をして笑っていた。私は胸の奥が経口の小さな光線で射られたみたいだった。そして、甘く、切なく痛む。
「私が生徒で先生が先生だから?」
それでも先生は困った顔で笑っていた。私もいい加減泣きそうだったけれど、あと少しのところがなんでかほろりとこなかった。
「・・・年下だから?」
そう言うと先生は少し悲しそうな顔をした。悲しいのはこっちだっていうのに。ああ、やっぱり先生大好き。
停滞戦線
(嘘つかないでくれてありがとう。)(09.10.26)(リクエストありがとうございました。)